「カメバチ」「アカバチ」とは?蜂の名前の地方ごとの方言
明治時代に入り、政府は標準語の普及に力を入れました。なぜ普及に力を入れたのかというと、当時の人々は、今と同じような地域による方言以外にも、身分や職業などによって異なる言葉で話していました。このままでは政府からの通達が正しく伝達できないという危機感がありました。その頃からの積み重ねと、テレビなどの普及により、今では普段は方言を話す人でも、状況に合わせ標準語で話します。しかしながら、生物の名前など、社会生活の中で使われる単語について、それが方言と知らずに今も使っているということがあります。
目次
地域による蜂の呼び名の方言
「おにがらむす」とは?方言・地方名
例えば、男の子であれば一度は夢中になるであろう学名「Trypoxylus dichotomus」、標準和名「カブトムシ」のことを、宮城県の方言では「おにがらむす(し)」と言います。「おにがら」とは玄蕎麦の黒い皮のことです。もちろんカブトムシは知名度が高い虫なので、宮城県の方でカブトムシと言われて分からないという方はもういないのではないかと思いますが、一世代、二世代前の方であればカブトムシというよりも「おにがらむす」の方がしっくりくるという方もいるのではないでしょうか。
生物にはこのように、学問上の分類で使う学名、日本における標準的な名である標準和名(以下、和名)と、各地域で昔から呼ばれてきた方言・地方名があることがあります。スズメバチについても例外ではありません。現在、日本には、3属16種のスズメバチがいます。16種、全てに学名と和名があり、中には地域に根付いた方言・地方名を持つものもいます。
学名の「クマバチ」方言の「クマバチ」は違う蜂
例えば、一般にスズメバチと言われる蜂の和名は「オオスズメバチ」です。学名は「Vespa mandarinia」と言います。その大きさや凶暴さからでしょうか、「クマンバチ」「クマバチ」という方言・地方名を持ちます。あっ、クマンバチ、私の住む地域ではそう呼ばれる蜂がいる、あれはオオスズメバチなのですねと言われると、その答えは「はい」でもあり、「いいえ」でもあります。というのも、和名が「クマバチ」の蜂がいるからです。和名がクマバチの蜂は体色は黒く、胸部に黄色い毛があるミツバチです。一方、オオスズメバチは黄色と黒色の体色をしています。お住いの地域のクマンバチ、クマバチはどちらでしょうか。
また、ある地域では、攻撃力の強さを方言・地方名に反映させて、「オオクマン」(和名:オオスズメバチ)、「コクマン」「ショウクマン」(和名:コガタスズメバチ)、「チュウクマン」(和名:キイロスズメバチ)と蜂の呼び分けている地域もあります。確かにオオクマンは大きくて獰猛な蜂です。しかし、近年では、人間の生活圏近くで巣を作ることができるチュウクマンの被害が深刻となっています。また、コクマン、ショウクマンも人間の生活圏近くで生きる蜂です。単体としての攻撃性は低いですが、大きくなった巣を何かの拍子に巣を刺激すると集団で襲ってきます。注意したいところです。
「カメバチ」「アカバチ」の呼び名の由来
スズメバチはその凶暴さや大きさに目が行きがちですが、方言・地方名の中にはそれ以外のことに注目してつけられたものもあります。例えば、学名「Vespa simillima xanthoptera」のキイロスズメバチは「カメバチ」と呼ばれています。なぜカメバチかというと、キイロスズメバチの巣は球体で、大きなものになると50cmは優に超えたサイズになるからです。要するに、ビンサイズではなくカメサイズということです。
また、同じくキイロスズメバスは、日光にあたると体がオレンジ色に見えることから「アカバチ」と呼ばれることもあります。鮮やかな色は捕食者に自分は危険であることを知らせる役割があります。スズメバチをイメージする時、黄色と黒の縞模様をイメージするかと思いますが、これもスズメバチ側から見ると一つの戦略で、危険なスズメバチの類であることをアピールすることで、身を守っています。当然のことながら、それを利用して擬態している虫たちも多くいます。
文学的な方言と地方名
ここで少し趣向を変えて、文学的な方言・地方名もあげておきましょう。学名「Ammophila sabulosa infesta」のジガバチや、学名「Vespula flaviceps」のクロスズメバチの方言・地方名は「スガリ」「スガレ」です。古歌に登場する乙女の枕詞の由来となっており、腰細のすがりつく乙女と言う意味です。蜂と女性は深いつながりがあります。女王蜂を中心として大きな巣を作ることから繁栄と子宝の象徴とされ、その姿と毒性から毒があるけれど魅力的な女性というイメージを持ちます。とても優美ではありますが、実際の蜂は優美さ以上に危険があります。
蜂の子に代表される食べ物とは?
方言や地方名は、スズメバチそのものに対してだけでなく、蜂の子に代表されるような食べ物となっているものにもついています。例えば、岐阜県ではジバチの子を「ヘボ」と呼び、それを炊き込みご飯にしたり、甘露煮にしたりして食べます。同じく蜂の子を首里・那覇方言では「マーミグヮー」と言います。「マーミ」は豆、「グヮー」は小さいを意味する言葉です。生で食べたり、焼いて食べたりするそうです。蜂の子は今でこそ高級珍味ですが、その昔は貴重なたんぱく源として重宝されていました。
まとめ
スズメバチの方言や地方名を見ると、人間生活の近いところに存在し続けてきたことが分かります。とはいえ、スズメバチの被害は深刻で、日本における動物による死亡事故数は今も昔も最多です。死亡事故数が最多であるということは、死亡まではいかないけれどという事故数はかなりあることを物語っています。蜂の巣に気がついたらすぐに適切な方法で駆除してしまいましょう。